保健所からもらった食中毒予防のリーフレットを従業員に読むよう言っているけど、内容を全然理解していないな。どうすれば従業員にもっと効果的に伝えられるかな。
食品業界では「従業員の教育」がいつも悩みの種です。
皆さんは従業員教育を行う際に、どのような資料、やり方で行っていますか。
インターネットで検索すると、保健所や厚生労働省といった行政機関、食品安全を専門とする民間企業、業界団体などから、リーフレット、ポスター、動画といろいろな教育資料を見つけることができます。
でも、これらの資料を使って教育しても、なかなか「従業員の行動」を変えられないと感じたことはないでしょうか。
実は同じ悩みはアメリカでもあります。そして「従業員の行動を変える」研究はアメリカの方が進んでいます。
そこでこの記事では、アメリカのFDA(食品医薬品局)が作成した、従業員向けの教育資料を紹介します。
アメリカの取り組みを参考にすることで、自分の施設で従業員教育を行う際に、より効果的な方法が見つかるかもしれません。
FDAが作った従業員向けの教育資料
それではさっそく、FDAのウェブページに公開されているポスターと動画を紹介します。
この資料は、主に飲食店や小売業向けに作られたものです。
しかし、資料の考え方を理解すれば、どの業態であっても利用できます。
ポスターは、①素手での作業、②健康管理、③手洗い、④交差汚染、⑤保温、⑥冷却、⑦加熱、⑧調理済み食品の管理、の8つの内容があります。
そして、さまざまな人が住むアメリカだけあって、9言語のバージョンが作られています!
それではポスターを1つを紹介します。
ポスター「私の物語があなたの人生を変える」
ポスターの内容を訳したものが下になります。
私の名前はマリエラ、私の物語はあなたの人生を変えるかもしれない。
夜中に気分が悪くなったけど、明日は仕事に行かなければいけなかった。
本当は家にいるべきだったけど、気分が良くなったから出勤したの。でも、病原菌が手についていたとは知らなかった。
勤務中は、素手でチップスを盛り付けました。
その日、息子の4歳の誕生日を祝う家族が来店しました。子供の名前は「ホセ・アントニオ」だと教えてくれました。
ホセは私が出したチップスが大変気に入りました。
私は、その1時間後、また気分が悪くなったので仕事を早退し、その後2日間は具合が悪かったので家にいました。
私が病気で休んでいる間に、多くの人が保健所に連絡をしたようです。全部で20人がうちのレストランで食事をした後に病気になりました。その全員が、私が調理したものを食べていたんです。
もしやり直せるなら、あの日絶対仕事には行きません。自分にも子供がいるので、ホセのことが頭から離れません。彼は私のせいで苦しんだのだから。
人々を守ろう。病気になったら家にいること。
他のポスターもぜひ見てください。基本的な作りは同じようになっています。
動画について
動画は、7本公開されています。
1本見ていただければわかりますが、どれも食中毒になった本人や故人の関係者が実名で登場しています。
それぞれの仕事や私生活を自分の言葉で話しつつ、食中毒になり苦しんだ時のことを生々しく語っています。一見するとドキュメンタリー映画のようです。
そして、食中毒の予防法については、最後に少しだけあります。
ポスターも動画も、感情移入できるよう具体的な物語を紹介し、専門用語は使わず、きちんと行わなかったときの「結果」に焦点を当てています。
このようなポスターや動画が作られた背景
日本でよく見る教育資料と大きく違っていることに驚いたのではないでしょうか。
ここでFDAがこのような教育資料を作った背景を紹介します。
Beegle博士のチームが、飲食店の従業員の「行動を変える」ために、効果的な教育方法の研究を行いました。
その結果、従来の従業員教育について、以下の問題点があることが分かりました。
従業員教育の問題点
- 「印刷物」または「口頭」で、従業員にとって馴染みのない、抽象的な言葉で説明している。
- 普段従業員が接することがない立場が上の人物や、外食産業のことをあまりを理解していない人物が説明している。
- 飲食店の環境では、衛生的に「模範的な行動」が優先されないことが多い(例:食品安全文化の欠如)。
- 「どのようにやる(How)」は説明されるが、「なぜやる(Why)」は説明されないことが多い。
- 「なぜやる」が説明される場合でも、専門的な言葉で、従業員の個人的な経験とは関係ない方法である。
Beegle博士は、このような問題が生じる背景として、学習文化の違いをあげています。
食品業界で働く多くの従業員は「Oral culture learner」(口語文化の学習者)であると言われています。口語文化の学習者の特徴として、読むこと(文字)よりも、聞くこと、見ること、体験することによって学びます。
一方で、教育・訓練を行う側(例えば行政職員や経営層)は「Print culture learner」(文字文化の学習者)であります。
この2つの学習スタイルの違いが、上記の問題点を生んでいると考えられました。
そして、上記の問題点を解決するために、次のようにコミュニケーションを行うことが望ましいと言っています。
従業員の行動を変えるための効果的なコミュニケーションの方法
- 従業員が自分の行動の「影響」を感じることができるように、具体的な食中毒の実例を挙げて物語を紹介する。
- 模範的な行動の重要性を強調する。
- 従業員が信頼できる人から情報を提供する。
- 権威的な、上からの態度を取らない。ただし、アイコンタクトは取ること。
- 従業員が共感できる、分かりやすい言葉や例を使う。
- 情報を口頭で、頻繁に、繰り返し提示する
- 細部ではなく全体像に焦点を当てる。
- 文字だけのポスターについても、リマインダーとして掲示する。
- コミュニケーションをインタラクティブ(双方向的)に行う。
これらの推奨内容を踏まえて作られたのが、最初に紹介したポスターや動画になります。
確かに、自分がきちんと行わなかった時にどのようなことが起こるのかが、共感できる物語で紹介されていますね。
これらのポスターや動画は、従来の教育資材を置き換えるものではなく、強化することにつながります。
なぜなら、衛生的に行わなかった場合にどのようなことが起きるのかを従業員が感じることで、「なぜ」衛生的に食品を取り扱わないといけないのかを理解でき、「行動の変化」を促すことができるからです。
日本の教育資料はどうか
参考までに厚生労働省が飲食店向けに作ったポスターを見てみましょう。
文字の多さや、「なぜ」ではなく「どうやって」に焦点が当てられている点から、「Oral culture learner」(口語文化の学習者)向けではなく、「Print culture learner」(文字文化の学習者)向けの教育資材であることが分かります。
改めて探してみると、日本では「Oral culture learner」向けの資料を見つけることは難しいです。
もちろんアメリカと日本では、社会、文化など様々な状況がことなるため、従業員教育に「Oral culture learner」向けの資料を使った方がよいとは一概には言えません。
しかし、食品業界の外国人従業員の増加、大部分の食中毒が飲食店で起きているなど、類似点も多くあります。
そのため、なかなか「従業員の行動」を変えられないと感じているのであれば、FDAの資料は参考にできると思います。
日本でも、「Oral culture learner」向けの教育資料が作られ、効果が検証されるといいですね。
以上が、FDAが作成した従業員教育の資料です。
この記事を読んで、以前書いた記事との類似点が多くあることに気が付いた方がいるかもしれません。
以前の記事では、フランク・ヤーナス氏(元FDA副長官)が執筆した本(2009年発売)を紹介しました。
そして今回紹介したFDAの「Oral Culture Learner Project」は2008年から始まりました。
どちらもFDAに関係しており、約15年前の内容です。
アメリカではそんなに以前から「従業員の行動を変える」ことの重要さを認識していたのですね。
このような長い実績があるからこそ、今の食品安全文化の推進があるのかもしれません。
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