生ハンバーグが有名な店に行ったら、食中毒になったよ。お店で出されるものだから安全だと思っていた。事前に食中毒のリスクを教えてくれればよかったのに。
日本では、いわゆる「レアハンバーグ」や、鳥刺し・鳥わさ、ユッケなど、加熱を十分に行っていない肉料理の人気が依然として高いです。
しかし、これらの肉料理を食べるほとんどの人は、食中毒のリスクを正しく認識せずに食べているのではないでしょうか。
それでは、アメリカでは生や加熱を十分に行わない肉料理は提供されるのでしょうか。また、消費者はリスクをきちんと認識しているのでしょうか。
2024年1月に興味深いニュースがありましたので、今回はその記事を紹介します。
この記事から、日本の加熱不十分の食肉料理による食中毒を、どうやって減らしていくべきか、考えてみたいと思います。
ハンバーガーをミディアムで頼んだら同意書にサイン!
アメリカ人旅行者が、カナダでレストランを利用した際の出来事がニュースになりました。
ここでは概要だけを紹介します。このニュースは日本語でも記事になっていたので、全文を読みたい方は、そちらをご覧ください。
ニュースの概要
- カナダのトロントにあるホテルのレストランでの出来事
- アメリカからの旅行者がチーズバーガーの焼き加減を「ミディアム」で注文した。
- すると、店員がチーズバーガーと一緒に「免責同意書」を持ってきた。
- 同意書には、食中毒に対するあらゆる責任及び損害に対する権利、訴訟、請求を放棄する旨が書かれていた。
- 客は、同意書にはサインはせず、食べずに帰った。理由は「レストランが、自分たちが提供する食品に自信を持っていないと感じたため」。
- このホテルでは、法令の基準より低い温度での調理を客がリクエストした場合、このような対応を行っているとのこと。
- トロントの基準では、ひき肉は71℃で調理しなければならないとなっている。
アメリカではレストランでハンバーガーを注文すると、焼き加減を聞かれます。
日本と同様に、行政機関がしっかりと加熱するよう注意喚起していますが、中まで完全に火を通さない「ミディアム」などの焼き方は依然として人気があります。
アメリカの飲食店向けの衛生基準では、客からのリクエストで基準より低い温度で調理する場合、メニューなどに「食中毒のリスクがあること」を記載しなければなりません。
そして、このニュースのような同意書へのサインがどれくらい一般的に行われているのかは分かりませんが、SNSやニュースで話題になることから、ハンバーガーの場合は一般的ではないのかもしれません。
同意書がよく使われる料理もある
ほかの食品でも免責同意書へのサインが求められることはあるの?
免責同意書にサインしなければならない料理としてよく話題になるのが、「辛い料理」です。
例えば、アメリカでは世界一辛いハンバーガー、カレー、鶏の手羽揚げ、ピザなどがよく話題になります。
日本でも激辛料理は人気で、テレビやYouTubeなどでよく見ます。
以前、某ハンバーガーチェーン店が激辛のタンドリーチキンサンドを販売した際に、事前に「免責同意書」にサインをしないと、挑戦できないということで話題になりました。
辛い料理に同意書を求めるのは、店側の免責だけでなく、話題作りという点もあるのかもしれません。
辛い食品は話題になりやすく宣伝効果があります。しかし、SNSのせいで過激な挑戦を行うようになり、死亡事例も発生しているため、注意が必要です。
激辛料理以外にも同意書が用いられることがあります。日本の例を見てみましょう。
広島市が食品ロスを減らすために「スマイル!ひろしま 食品ロス削減協力店」を行っています。
その実施要綱の中に、持ち帰りを希望する客が事前にサインしなければならない同意書があります。
これにサインすることで、万が一食中毒があったとしても、店は損害賠償等一切の責任を負わないことに同意することになります。
フードロスが問題になっていますが、店側は食中毒が怖いので、持ち帰りに消極的です。
そのため、行政がこのような制度を作って支援することは素晴らしいと思います。
しかし、本来はこのような同意書がなくても、持ち帰りができるような社会になる必要があります。
同意書にサインをもらえば、責任は問われない?
このように、店側の免責だけでなく、話題作り、制度の推進など、様々な場面で使われている同意書ですが、客が同意書にサインすれば、店側は全ての責任から免れるのでしょうか。
私は法律の専門家ではありません。そのため、以下の考え方は間違っているかもしれませんので、注意してください。
食品衛生法について考えてみます。
上で紹介したハンバーガーのニュースであった同意書は、あくまで「店」と「客」の間で交わされた契約です。
そして、食中毒を起こした際の営業停止は、「都道府県知事」が「営業者」に対して行うものです(食品衛生法第60条)。
そのため、食中毒があった際、店は食品衛生法の責任を免除されるわけではありません。
持ち帰りの場合は、食中毒の原因が店にあるのか、持ち帰った客にあるのかによって判断が変わると思います。
例えば、飲食店で調理した段階で食事にノロウイルスがついていた場合、店の責任になります。一方、持ち帰った料理をすぐ食べず、常温においていたため、黄色ブドウ球菌が増殖した場合は、客の責任になる可能性が高いです。
しかし、保健所が調査を行っても、「どの段階でノロウイルスがついたのか」や「店を出る前に黄色ブドウ球菌が増殖していたのか」を明確にすることは難しいかもしれません。
そのほか、消費者契約法や民法の視点からも、同意書にサインをしたからと言って、店側の責任がすべてなくなるわけではないようです。
損害賠償については、飲食店はそもそも安全な食品を提供する義務があること、同意書に書かれた免責の範囲、故意・重過失の有無、客がリスクを認識していたかなどがポイントになりそうです。
同意書を食中毒予防に応用する
最初に紹介したニュースを読んで、興味深かったのが、旅行客が同意書にサインをしなかった理由です。
「レストランが、自分たちが提供する食品に自信を持っていないと感じたため」ですね。
食品安全を専門としている人からすると、この客の考え方は間違っており、むしろレストラン側はきちんとリスクを伝え、対応したとわかります。
ポイントは、「客は中心部までしっかりと加熱していないひき肉のリスクを認識していなかった」ということです。
これは日本で加熱を十分に行わない肉料理を食べる人と同じではないでしょうか。
日本では、ユッケなどの生食用の牛肉を飲食店で提供する場合には、「食中毒のリスクがある」ことの注意書きの表示が必要になります。
そのため、ユッケを食べる場合は、消費者は「食中毒になるかもしれないリスク」を認識して、食べる食べないを自分で判断することができます。
しかし、それ以外の料理については義務はありません。
そして、多くの人は飲食店で提供される食品は安全であると信じています。
私自身、飲食店で「新鮮なので生で食べても大丈夫です」や「よく焼かないで食べてください」と店員さんが話しているのを聞いたことはありますが、加熱を十分にしない料理のリスクをきちんと伝えている店は、ほとんど見たことがありません。
以前こちらの記事で書きましたが、日本では20年以上にわたりカンピロバクター食中毒が年200~300件(患者数2,000人程度)報告されており、その約9割は生又は加熱不十分な鶏肉の関与が疑われています。また、肉の生食をやめることで、大部分のカンピロバクター食中毒を予防することができると言われています。
そこで、加熱不十分の肉料理を原因とする食中毒を減らすために、メニューに以下のような注意書きや、同意書へのサインを推奨するのはどうでしょうか。
この同意書の目的としては、飲食店の免責ではなく、客にリスクを伝えることです。リスクが正しく伝えれば、客はリスクに基づいて自分で判断することができます。
まさにトロントでハンバーガをミディアムで注文した際の同意書がそうですね。
この考え方は「インフォームドチョイス」(informed choice)と呼ばれています。
以前別の記事で紹介した、行政による立ち入り検査の結果を公開することも、消費者がリスクに基づき入る店を判断できるため、インフォームドチョイスと言えます。
そして、きちんとリスクを伝えても食べるのであれば、それは個人の自由であり、行政が厳しく規制する話ではないと思います。
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