

また飲食店で迷惑行為があったというニュースを見ました。迷惑動画やバイトテロが後を絶たないですね。
「SNSで注目を集めたい」「仲間内のノリ」「面白そうだから」など、理由はさまざまですが、客や従業員による迷惑行為が後を絶ちません。
幸い、これまで日本で大きく報道されたこうした事件では、実際に食中毒などの健康被害につながったケースは確認されていません。
しかし、これだけ迷惑行為が繰り返されていると、気になることがあります。



それは、飲食店や小売店が「意図的に」食品を汚染される可能性への備えです。
サルモネラやノロウイルスなどによる「意図しない」食品汚染は、HACCPをはじめとする衛生管理によって防止します。
では、最初から食品を汚染しようとする人がいたらどうでしょうか。
食品への意図的な異物や毒物の混入は、通常の衛生管理だけでは防ぐことが難しい問題です。



そこで重要になるのが、「フードディフェンス(食品防御)」という考え方です。
日本でも、製造業では大手企業を中心にフードディフェンスへの取り組みが進んでいます。
一方、飲食店や小売店では、取り組みが十分に浸透していない現状があります。
また、意図的な食品汚染は、テロリストのような悪意を持った人間だけが行うとは限りません。
客や従業員が、悪ふざけやSNSへの投稿などを目的として、食品を意図的に汚染する可能性もあります。


近年問題となっている「迷惑動画」や「バイトテロ」の一部は、この意味で食品防御の観点から捉えることができます。
つまり、フードディフェンスは製造業だけの問題ではなく、飲食店や小売店にとっても、決して他人事ではないのです。
そこでこの記事では、アメリカで実際に起きた3つの事件を紹介し、そこから「日本の飲食店や小売店は、食品を意図的に汚染する行為から守るために何ができるのか」を考えてみたいと思います。



迷惑行為のニュースをきっかけに、「もし自分の施設で食品が意図的に汚染されたら?」という視点から、フードディフェンスについて考えてみましょう。
事例①:サラダバーが原因の食中毒?
1984年、アメリカ・オレゴン州のザ・ダルズ市で、大規模なサルモネラ食中毒が発生しました。
| 患者数 | 751人 |
| 入院者 | 45人 |
| 発生場所 | オレゴン州 ザ・ダルズ市の10軒のレストラン |
| 発症期間 | 1984年9月~10月 |
| 原因食品 | サラダバー |
| 原因菌 | Salmonella Typhimurium |
10軒ものレストランで患者が発生し、多くの患者がサラダバーを利用していました。
ところが、10軒のレストランに共通する仕入先は見つからず、厨房や従業員からも原因菌はほとんど検出されませんでした。
多少の違和感はあったものの、患者には典型的なサルモネラ症状があり、多くの患者がサラダバーを利用していたことから、当初は「衛生管理の不備による通常の食中毒」と考えられていました。



ところが、事件から約1年後、内部告発によって驚くべき事実が明らかになります。
実は、オレゴン州を拠点とするラジニーシ教団のメンバーが、住民を選挙の投票に行けなくする目的で、サラダバーの生野菜やドレッシングなどにサルモネラを意図的に混入していたのです。
教団の元信者による証言をきっかけに、事件の全容が明らかになりました。


「普通の食中毒」に見えた意図的な汚染
この事件で注目すべきなのは、意図的な食品汚染だったにもかかわらず、当初は「普通の食中毒」にしか見えなかったことです。
もし内部からの証言がなければ、事件の全容が明らかにならなかった可能性があります。
つまり、「食中毒が起きた」という事実だけでは、それが偶発的な汚染なのか、意図的な汚染なのかを判断できないことがあります。



意図的か、そうでないのかを見分けるのは難しいのですね。
ビュッフェスタイルには「構造的な弱点」がある
この事件では、サラダバーという提供方法そのものにも注目する必要があります。
サラダバーには、
- 食品が開放された状態で提供される
- 客が自分で食品を取る
- 多くの人が利用する
という特徴があります。
つまり、食品に悪意を持って近づこうとする人を完全に排除することが難しい構造になっています。



「誰でも手を伸ばせるサラダバーに、もし悪意を持った人が近づいたら?」そう考えてみると、フードディフェンスがなぜ必要なのか直感的に理解できると思います。
事例②:従業員が塩に意図的に混入?
次に紹介するのは、レストランで使用されていた塩が、農薬のメソミルに汚染されていた事件です。
| 患者数 | 107人(24%が救急外来を受診) |
| 発生場所 | カリフォルニア州のタイ料理レストラン |
| 発症日 | 1998年12月21日、1999年1月2日 |
| 症状 | 食後40分後から悪心、めまい、腹部けいれん、頭痛など |
| 原因食品 | 塩 |
| 原因物質 | メソミル(methomyl) |


この事件も当初は、通常の食中毒が疑われました。
しかし、患者からは病原菌が検出されませんでした。そこで研究者らは、症状や患者調査の結果から、微生物ではなく化学物質による中毒の可能性を調べました。
その結果、患者の検体や残品などから、カーバメート系殺虫剤である「メソミル」が検出されました。



この時点ですでに事件発生から約4か月が経過していました。
さらに調査すると、料理に加えられた塩を多く摂取した人ほど発症する可能性が高いことが分かりました。
つまり、原因は料理そのものではなく、厨房で使用されていた塩にメソミルが混入した可能性が高まりました。





どこで塩にメソミルが混入したのでしょうか。
調査の結果、製造・流通段階で偶発的に汚染された可能性は低いと考えられました。その理由として、
- 同じ塩が広い地域で販売されていたにもかかわらず、他に同様の中毒が発生していない
- 塩の製造業者や販売業者はメソミルを扱っていなかった
- レストランで使用していた殺虫剤などの薬品にもメソミルは含まれていなかった
- 検出されたメソミルの濃度が非常に高かった
- 食塩の袋とメソミルの容器は、サイズや色などが大きく異なっていた
などが挙げられます。
こうした状況から、何者かが意図的にメソミルを塩へ混入した可能性が浮上しました。


特に、レストラン内部の人物による行為が疑われました。
事件前には従業員の間に対立があったことが判明し、食品庫の塩にアクセスできたのも、経営者と従業員に限られていたためです。
ただし、警察による捜査が行われたものの、最終的に犯人は特定されず、逮捕者も出ませんでした。
誰が食品にアクセスできるのか
この事件から分かるのは、意図的な食品汚染は、完成した料理に直接何かを入れるとは限らないということです。
厨房で日常的に使用している「塩」のような調味料が、意図的な汚染の対象になることもあります。



確かに、日本の迷惑行為も「しょうゆボトル」にいたずらをしていました。
そして、もう一つ重要なのが、「誰が食品にアクセスできるのか」という問題です。
フードディフェンスでは、食品を守るために、「誰が、どこに、どのようにアクセスできるのか」という視点で、食品や調味料の管理を考えることが重要になります。
事例③:ピザ生地にカミソリ刃を入れた元従業員
次は、スーパーマーケットで販売されていた商品に、異物が意図的に入れられた事例です。
2020年10月5日、メイン州ソコー市のスーパーマーケット「ハンナフォード」で販売されていたピザ生地から、カミソリ刃が発見されました。


顧客からの届け出を受けて店内の商品を確認したところ、別の商品からもカミソリ刃が見つかりました。
警察が監視カメラなどを調べた結果、犯人として逮捕されたのがニコラス・ミッチェルでした。
ミッチェルは、ハンナフォードで販売されていたピザ生地の「製造会社」の元従業員でした。無断欠勤を繰り返したため、2020年6月ごろに解雇されており、後の裁判では、解雇への仕返しが犯行の動機だったと説明しています。


犯人は「従業員」ではなかった
この事件で興味深いのは、ミッチェルはスーパーの従業員ではなかったことです。
つまり、客としてスーパーに入り、店頭に並んでいた以前自分が勤めていた会社の製品にカミソリ刃を入れたのです。
ここから、小売店のフードディフェンス特有の難しさが見えてきます。
食品工場では、食品にアクセスできる人を従業員や関係者に限定することが比較的容易です。
しかし小売店では、客が食品のすぐ近くまで行くこと自体が営業の一部です。
そのため、「従業員をどう管理するか」だけでなく、「客や訪問者による食品への不正なアクセスをどう防ぐか」という視点も必要になります。
「異常を発見した」だけでは不十分
この事件には、もう一つ重要な問題があります。
実は、10月5日の事件より前にも、同様の事案が起きていたのです。
2020年8月14日、別のハンナフォード店舗で、2人の顧客からピザ生地にカミソリ刃やその破片が入っていたとの申し出がありました。



しかし、この情報はすぐには警察や製造会社に伝わりませんでした。
店舗では社内報告が作成されていたものの、情報が本社の上層部まで伝わっていなかったのです。
製造会社がこの問題を知ったのは、10月5日の事件が起きた翌日の10月6日でした。つまり、最初の発見から約7週間も経ってから情報が伝わったことになります。
その後、ニューハンプシャー州の店舗などでも同じ製品への異物混入が疑われる事例が報告され、ハンナフォードはピザ生地やチーズ製品を回収しました。
最終的には、ハンナフォードの184店舗で製品が回収されることになりました。
この事例から分かるのは、「異常を発見すること」と「異常に対応すること」は別だということです。
店舗で異常を発見できても、その情報が必要な人に伝わらなければ、組織として迅速に対応することはできません。



フードディフェンスでは、食品への不正なアクセスを防ぐだけでなく、「異常を発見したら、誰に、どのように報告するのか」という仕組みを作っておくことも重要です。
FDAの飲食店・小売店向けのフードティフェンス
ここまで、アメリカで実際に起きた3つの事件を紹介しました。
それでは、飲食店や小売店では、食品を意図的な汚染から守るために、何をすればよいのでしょうか。



参考までに、フードディフェンスについては英語だけでなく、日本語でも多くの資料が公開されています。
ここでは、アメリカ食品医薬品局(FDA)が公開している、飲食店・小売店向けのガイドラインを紹介します。
このガイドラインは、食品へのいたずらや意図的な異物混入、その他の悪意のある行為、犯罪行為、テロ行為などから食品を守るための考え方を示したものです。
5つの視点から考える
ガイドラインでは、フードディフェンスを大きく次の5つの視点から考えています。
- 経営・管理
- 従業員
- 客・訪問者
- 施設
- 業務・食品の流れ
それぞれについて、具体的な推奨事項が示されています。
例えば、最初に紹介した「サラダバーにサルモネラを混入された事件」は、「3. 客・訪問者」という視点から考えることができます。
店内の公共スペースやセルフサービスの食品売場を監視し、不審な行動や食品への不正なアクセスがないか確認する。
例えば、客が不自然な場所に長時間とどまっていないか、持ち込んだ商品を店の商品棚に戻していないか、サラダバーや調味料などの食品に不審な行為をしていないか、といった点に注意する。
C. Human Element – Public 1. Customers
また、3つ目の「ピザ生地への異物混入事件」では、異常を把握していたにもかかわらず、その情報が組織内で適切に共有されなかったことが問題になりました。
これは「1. 経営・管理」の視点から考えることができます。
「何かおかしい」と感じたときに、従業員が誰に報告すればよいのかを明確にしておく。
また、食品防御に関する重要な情報を、従業員に確実に伝えるための社内の情報共有体制を整えておく。
A. Management 1. Preparing for the possibility of tampering or other malicious, criminal, or terrorist actions.
「何を設置するか」ではなく「何を防ぐか」
ここで重要なのは、FDAが「この対策を必ず実施しなさい」と、具体的な方法を一律に定めているわけではないことです。
大切なのは、「何を防ぎたいのか」という目的を考えることです。
例えば、監視カメラを設置すること自体が目的ではありません。


目的は、食品への不正なアクセスや不審な行動を抑止・発見することです。
その目的を達成できるのであれば、店舗の規模や構造に合わせて、別の方法を選ぶこともできます。
つまり、フードディフェンスは「チェックリストを埋めること」ではありません。



自分たちの店舗・施設では、どこに食品防御上のリスクがあるのかを考え、そのリスクに合った、実行可能な対策を考えることがポイントです。
自己評価ツールで弱点を探す
ガイドラインには、飲食店・小売店が自分たちの施設を点検するための「フードディフェンス自己点検ツール」も用意されています。
例えば、次のような点を確認します。
- 誰が食品にアクセスできるのか
- 食品はどこに置かれているのか
- 食品はどのように移動するのか
- 異常な行動に気づくことができるか
- 何か起きたとき、誰が対応するのか
つまり、単に「食品に何かを入れられないようにする」だけではありません。
人、施設、食品の流れ、そして管理まで含めて、店舗全体の弱点を見つけるためのツールとなっています。
実際に使ってみると、「自分の店では、食品にアクセスできる人が意外に多い」「誰でも入れる場所に食品が置かれている」「異常を発見したとき、誰に報告すればよいか分からない」といった、普段は気づきにくい問題が見えてくるかもしれません。
こうした「気づきにくい弱点を見つけること」こそ、フードディフェンスの第一歩です。



ぜひこのツールを使って、これまで紹介した3つの事件や迷惑行為をもとに「もし自分の店で起きたら?」と置き換えて考えてみてください。
おわりに
HACCPなどの食品安全管理は、微生物や化学物質などによる食品の危害を防ぐために欠かせません。
一方で、食品を守るには、「人が意図的に危害を加える可能性」にも目を向ける必要があります。
今回紹介した事例からも分かるように、フードディフェンスは大規模な食品工場だけの問題ではありません。
飲食店や小売店も、意図的な食品汚染の対象になり得ます。
「迷惑動画」や「バイトテロ」のニュースを、単なる迷惑行為として終わらせるのではなく、「もし、この行為によって食品が意図的に汚染されたら?」と考えてみましょう。



その問いをきっかけに、自分たちの店舗にもフードディフェンスの視点を取り入れてみてはいかがでしょうか。











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